日中友好・日日友好通信

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第六回 いざ、大連へ! (2015.06.18)

会員・読者の皆様

6月20日(土)~22日(月)大連に行ってきます。
今回、大連に行く方々は次の11名です。

  • 佐藤
  • 梶井
  • 森島
  • 太田原
  • 鈴木
  • 加島
  • 松下
  • 日野原
  • 齊藤
  • 佐々木
  • 喜作
  • 高昭
  • 充夫
  • 雅雄
  • 信雄
  • 春夫
  • 哲宏
  • 昭二
  • 農協協会会長、有機農法研究会会長、NPO中央区日中会長
  • 元東京農工大学学長、NPO中央区日中顧問
  • 元東京大学教授、農協協会副会長、NPO中央区日中顧問
  • 北海道大学名誉教授 元農学部長
  • 現東京農業大学教授
  • (株)協同経済経営研究所、経営コンサルタント
  • 秦野市観光協会会長、農協協会副会長
  • 農協協会農業協同組合新聞記者、NPO中央区日中理事
  • 前東洋書店社長、 元農文協編集者、NPO中央区日中理事
  • 全労連・全国一般一般合同労働組合執行委員長
  • (株)あーぷ代表取締役、 元日本IBM.SE、NPO中央区日中理事長

今回の参加者は、農業・農協に関連する人です。中国の第一級の問題は依然として農業です。「大連の農業・農協を見てこよう」が大きな題目です。

今回、3日間お世話いただく方は、大連と東京で事業をされている東方暁さんです。
森島先生、太田原先生には大連通信「麗しきアカシアの大連へ」を7回にわたり執筆していただきました。次のとおりですので、ぜひ、お読みになってください。大連から帰ってきましたら、それぞれの方々から、また、ご執筆願おうと思います。

【大連通信】

>>第1~2号はこちら

◆麗しきアカシアの大連へ 第3号
  • 北海の真珠...大連へ
  • 司馬遼太郎の絶望

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◆麗しきアカシアの大連へ 第4号
  • 満鉄 あじあ号
  • 3等車に乗った浅沼稲次郎

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◆麗しきアカシアの大連へ 第5号
  • 大連の春
  • 親日家が多い大連

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◆麗しきアカシアの大連へ 第6号
  • 中国の農協改革は
    日本型総合農協が模範

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◆麗しきアカシアの大連へ 第7号
  • 満州移民
  • 痛恨の結末

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全く、別の話ですが、私の本業であるWEB開発の話で、大連と東京で事業をしている会社から、大連で会いたいとの連絡がありました。 もしかしたら、ビジネス展開に発展するかもしれません。

日中友好を草の根から発展させるとは、このような活動を積み重ねることでしょう。みなさんと協同して発展させたいと思います。

    

2015年6月18日 NPO法人中央区日中友好協会理事長 佐々木昭二

 

半年前の記事になりますが、当協会会長の佐藤喜作が「東京新聞」に取り上げられましたので、ご紹介いたします。

◆◆◆ 中国で有機農業の普及活動 佐藤喜作さん(87) ◆◆◆

「東京新聞」2014年11月13日付 朝刊

中国で有機農業の普及活動 佐藤喜作さん(87)
「今の農業は、戦争農業。これを平和農業に切り替えなくてはいけないんです」
農薬の過剰使用が問題化している中国で、有機農業の重要を説いている。
「戦争農業」は、「武器が農機具となり、殺人剤が農薬となって雑草や虫、微生物など自然にあるものを皆殺しにする農業」という意味。佐藤さん流の過激な表現だ。これとは逆に、家畜を飼い、コメやムギ、野菜などを組み合わせ、自然と共存するのが「平和農業」だという。ここ数年、福建、吉林、黒竜江、江蘇の各省を訪問した。「話を聞きたい」「指導してほしい」という要望が各地から相次いでいる。
秋田県生まれ。現在の宇都宮大学で獣医師の資格を取ったあと、農業を志し、1953年から1年半、デンマークで農業研修生になる。 帰国後は農業に関する著作を数多く発表。有機農業の普及啓発などに取り組む「日本有機農業研究会」(東京)の理事長としても活動する。「農村が中国安定のカギ。有機農業を理解する中国人指導者の育成を進めたい」 現在も毎日、田畑に出て農作業をしている現役だ。(五味洋治)

 

★編集後記

日本語は世界の言語の中でも、習得するのが難しい部類の言語とされています。
私は日本に生まれて以来、ずっと日本語と慣れ親しんできましたが、完璧に習得しているとは、口が裂けても言えません。
つい先日、私は「拝見いたします。」という表現を使いました。そしてこれは二重敬語になるのかなと疑問に思い、調べてみたところ、次のような「説」が浮かび上がってきました。

  1. 「拝見」は謙譲語であり「いたす」は丁寧語であるため二重敬語とはならない
  2. 「拝見」は謙譲語であり「いたす」も謙譲語であるため二重敬語となり間違い
  3. 「拝見」は謙譲語1であり「いたす」は謙譲語2である。謙譲語1と2は別の分類であるため二重敬語とはならない
  4. 「拝見」は謙譲語1であり「いたす」は謙譲語2である。しかし謙譲語1も2も同じ謙譲語であるため間違い
  5. 「拝見」も「いたす」は謙譲語ではあるが、二重敬語が全て間違いという訳ではなく、これは一つの例である

結局どれが正しいのか、私には判断がつきませんでした。
何故日本人はこのような言語を日常的に用いているのか、疑問にさえ思います。

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