北東亜細亜共同体論

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米無策を憂う (2026.02.23)

米無策を憂う

●コメ需要の堅調
 最近の政府統計をみると、国民のコメに対する執着が見てとれる。昨2025年12月の米価は、1年半前の2倍に高騰したが、国民の購入量は、ほとんど減らなかった。だから、掛け算した購入金額は2倍になった。
 一方、農業者からみると、この米価高騰はどうか。米価は、30年前に戻って、30年間の低迷からようやく抜け出して一息できた、というに過ぎない。
 政治はどうか。相変わらず無為無策である。将来を見据えたコメ政策を打ち立てるどころか、右往左往している。

●低米価政策への不信
 最近の米価をみてみよう。下の図がそれである。これは、最近11年間の消費者米価指数と、家計のコメ消費金額をそれで割り算して推計した購入量の推移をみたものである。資料は、ともに総務省である。

 この図をみると、一昨年の半ばから米価が急激に上昇したことが分かる。
 それまで米価は、失われた30年の中にあって、低迷し続けてきた。農業者は先行き不安のなかで、脱農が続いていた。それが、一昨年の半ば以後、米価はようやく回復した。農業者は、ようやく一息ついている、という状況である。だが、まだ1年半しか経っていない。農業者は農政に対して、また元の低米価政策へ戻るのではないか、という不信を抱いている。

●米価を下げるな
 消費者はどうか。いま、国民のほとんど全員であるコメの消費者が、政府のコメ政策に求めていることは、低米価政策ではない。低米価政策が、脱農を加速し、コメの生産量を減らし、食糧自給率をさらに下げることで、日本の食糧安保にとって致命的であることは、十分に分かっている。だから、ようやく農業者が一息つける程度の米価になったことを容認している。そのことを、上の図は示している。
 一方、農業者が、コメ政策に求めていることは、ようやく30年前に戻ったいまの米価を下げることではない。いまの米価は、ようやく再生産が可能な水準でしかない。何とかコメ作りを続けられる水準である。志のある若者も、この米価が将来も続けば、何とか農業後継者になれるだろう。

●コメは主食
 米価は2倍になった。だが、コメは主食の座から降りようとしない。数千年前から長い間続いてきた主食の座は、それほど強いものか。
 国民は、何事もないように消費量を減らしていない。ただただ感嘆するばかりである。コメは日本文化の結晶である。国民は、この結晶を失ってはならぬ、と考えているのではないか。そうして、2倍になった米価に、必死に耐えている。
 政治は、これに安穏としてはないか。政治が為すべきことは何か。

●安保政策の食糧版を作れ
 高市早苗首相の安保政策には、問題が多い。だが、コメ政策を安保政策の食糧版にするなら、この部分を強化することには、多くの国民の賛同が得られるだろう。
 このために、いま政府が行うべきことは、右往左往している時ではない。こうした消費者と農業者の声を聞き、食糧安保のための法令と制度を、早急に整備することである。コメ問題に多くの国民の関心が集まっている今こそ、その好機である。
 周囲の働き者を集めて、鉄は熱いうちに打たねばならぬ。
. (2026.02.24 JAcom に加除修正して転載予定) 

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