北東亜細亜共同体論

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「ゲタ対策」とか「ナラシ対策」などの隠語は使うな (2026.04.26)

「ゲタ対策」とか「ナラシ対策」などの隠語は使うな

●国民が理解できない政策
 今年も、風薫る5月が近づいてきた。5月はメーデーから始まる。(私にとっては、亡妻の誕生月でもある。)
 この時期に思い出すのは、神谷慶治先生の伝説である。先生は、高校生のとき第1回のメーデーに参加したという。直接に聞いたことはないが、学生たちの間で広く流布されていた。
 さて、表題の「ゲタ対策」と「ナラシ対策」である。名は体を表すというが、この名で、この対策の内容が理解できる人が、何人いるか。関係者以外には、ほとんどいないだろう。
 農水省によれば、この2つの対策は食糧安保政策の一環だという。だが、「ゲタ」や「ナラシ」から食糧安保を連想する国民が、何人いるか。ほとんどいないだろう。大多数の国民は、理解できないだろう。
 農政だけではない。政治は大多数の国民の支持のもとで行わなければならない。だが、理解できない政策は支持できない。しかも、この2つの政策は、今の農政の中枢部を占める政策である。これでは、国民の大多数からの農政に対する支持は得られないだろう。

●日本には「言霊」がある
 日本には、古くから「言霊」という考えがある。言葉には霊力がある、というものである。
 もう1つ。神谷先生の言葉である。先生は、 「OO的という言葉は使うな」、と言われたことがある。OOと同じなら「的」は取り除きなさい。同じでないなら、どこがどう違うのか、を明らかにして使いなさい、と。先生は、これ程までに言葉にこだわっていた。
 表題の2つの対策の中には「的」の字はないが、先生の言葉に対するこの姿勢に学ぶべきではないか。そうして反省すべきところは反省し、改善すべきところは改善すべきではないか。そうした努力が不十分、と思えてならない。
 「言霊」があるのは、日本だけではないようだ。キリスト教の聖典であるヨハネ伝の冒頭は「はじめに言葉ありき」である。私は無宗教だが、この意味は、混沌とした世の中は、神の言葉によって整序される、というものだろう。
 「ゲタ対策」とか「ナラシ対策」などという、仲間だけで通じ合う隠語のような言葉を使っていたのでは、農政は混沌とするばかりだろう。

●生煮えの政策から脱出せよ
 さて、本題に戻ろう。「ゲタ対策」とか「ナラシ対策」とかいう名前で表現した政策には、いくつかの問題がある。これは、表現だけの問題ではない。政策が生煮えなのである。充分に検討していないから、こうした名前になってしまうのである。
 問題の1は、この政策の目的は何であるかが、この名前では全く分からない点にある。目的は、食糧安保ではないのか。農水省は、そのように言っている。そのことが鮮明に分かる名前にすべきである。
 次の、問題の2は、この政策の具体策が適切かどうか、が分からない点にある。それは、次の第3点に関わっている。
 その、第3点は、この政策の結果をどう評価するか、という点にある。それは、目的である食糧安保がどれほど確保されたか、を具体的に示す食糧自給率が、どれほど上がったか、という指標で評価すべきである。誤解を懼れずに、あえて言えば、環境への影響評価や、生産の持続性の評価は、この政策にとって2次的な成果、と割り切って評価すべきである。

●不遜な政治姿勢を改めよ
 こうしたことを全て無視して、こうした名前の政策を続けるのは、国民を愚民と考えているからではないか。説明しても理解できない無知な輩と考えているからではないか。
 そうだとすれば、不遜も甚だしい。厳しい反省を求めたい。愚弄は止めよ。

.                   (2026.04.27)

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