「農民一揆」や「国会前デモ」の中へ「不買運動」を
●「不買運動」で資本側を震撼させよ
「農民一揆」と「国会前デモ」が共通して持つ欠陥は、ともに資本側に直接の危機感を持たすことが出来ないことである。いまの政治は、資本主義のもとにあって、資本に操られている。だから、この2つが共通して持つ欠陥は、ともに政治に対して危機感を持たせることが難しいことである。だから、政治を充分に動かすことが難しいのではないか。
ここが、ストライキと決定的に違う点である。ストライキは、資本家に直接の損害を与えることが出来る。だが、「農民一揆」や「国会前デモ」は、出来ない。だから、資本家は他人事のように見て、呑気に構えていられる。
終戦直後のことだが、1947年の2.1ゼネストは、もしも実施されたら、資本家に対して、利潤の減少という直接の損害を与えただろ。それだけではない。資本主義の危機だといって、資本家を震撼させた。また、当時の日本の統治者だったマッカーサー最高司令官は、社会主義化の危機だとして、中止を命令した。つまり、政治を動かしたのである。
今の「農民一揆」や「国会前デモ」は、政治を動かすことが出来るか。難しいのではないか。
「農民一揆」や「国会デモ」の中へ、資本家を震撼させる戦術を組み込んで、政治を動かさねばならない。そんな戦術があるか。ある。
ここで提案したいのは、「不買運動」である。
不買運動の提案は、憲法で保証された言論の自由や表現の自由という基本的人権の一部なのだ。ためらうことはない。
●反国民的論者は代償を払え
はじめに「農民一揆」を考えよう。
その趣意書をみると、その要求は、食糧安保と所得補償制度と需給安定の要求である。ともに重要な要求である。しかし、これらは資本家にとって直接的には痛くも痒くもない。せいぜい、それだけの財政的余裕があるなら他の政策に使え、という程度の反論で終わってしまうだろう。
それで終わってしまうのではなく、そうした反論をする論者を、追い詰めるように議論を深堀りすべきである。そうすれば、この反論の反国民性を暴露できるだろう。
それでも反国民的な反論を続けたら、どうするか。それは、反国民的主張の代償を要求することである。それが、反論者が関係する企業の製品に対する「不買運動」である。
●反国民的企業に対する不買運動を
つぎは「国会前デモ」である。デモの旗印を見ると、「武器輸出反対」が多い。
下の図はカナコロ(神奈川新聞のニュースサイト)からの引用である。
高市早苗首相は、殺傷能力のある武器輸出の解禁を撤廃した。軍事産業を成長産業に育てたい、とも言っている。死の商人を育成する、というのである。
だが「国会前デモ」に、緊張感がない。武器輸出反対に対する反論は、武器を使わないで済むように武器産業を振興して輸出するのだ、という。ここでも、深掘りすることなく、水掛け論で終わっている。
どうすればいいか。ここでも、この反論の反国民性を暴露し、それでも相手が反論を続ける場合、反国民的主張の代償を要求することである。それが、反論者が関係する企業の製品に対する「不買運動」である。
●不買運動のための周到な準備を
国家間で見たとき、不買運動は大きな成果を勝ち取っている。
以前のことだが、ロシアによるマクドナルド不買運動、韓国や中国による日本車の不買運動、これらは多くの成果を得てきた。関連する法制度が国際的に整備していないことが大きな原因だった。
だが、いまの日本は違う。いまの政府は、資本家集団である財界の代弁者である。不買運動を妨害するための法制度を作っている。だから、不買運動のためには周到な準備が必要である。
「農民一揆」や「国会前デモ」は、それを乗り越えれば、さらに広く全国展開が出来るし、さらに一層の前進が出来るだろう。正義は勝つのだ。
. (2026.05.10)