米価の変調は何を語っているか
●3つの米価の変調
今度の米価高騰は2年を経て、ようやく大きな転換点を迎えるようだ。その先に何があるか。
はじめに、近年の米価について、ことに最近2年間の米価の混沌ぶりを見てみよう。次の図が、それである。
上の図は、2021年9月から先週末までのもので、卸売価格つまり農業者の手取米価と、小売価格つまり国民が支払う米価と、専門家が売買をしている先物米価を示したものである。この3つの米価について考えよう。
卸売米価は緑色の丸で、当年9月から翌年8月までの新米の米価である。だから、9月と8月との間に断絶がある。
小売米価は黄色の丸で、卸売米価と同じで、2021年9月から今年4月までである。それ以後は、まだ公表されていない。
先物米価は赤色の丸で、各時点での最先である約1年後の限月の先物米価である。取引が始まった2024年8月13日から先週末まで示している。
縦軸は、3つとも対数目盛にして、比較し易くした。だから、上下への同じ巾の変化は、同じ率の変動になる。
この図を見ると、今度の米価高騰が始まった2024年半ばからの混乱ぶりが、如実に示されている。
ここでは、ことに先月以後の先物米価の急落に焦点を当てて考えよう。主な問題は、この先物米価の急落が、小売米価と卸売米価に波及して、共に下落するか、である。
●米価は低迷期に入るか
はじめに、卸売米価と先物米価を比較しよう。図で示したように、昨年10月ころまでを俯瞰すると、両米価の間に大きな差異はなかった。
しかしそれ以後、先物米価は下がりだしたのだが、卸売米価が追随して下がることはなかった。そして先週末の先物米価は20、500円にまで下がった。昨年10月は27,700円程度だったから、約25%の下落である。これは、農家の手取金額の減少であって、経費を差し引いた農家所得(47%)でみると、激減である。
今後どうなるか。先物米価は、やがて2万円を割り込み、卸売米価も小売米価も、2024年以前の米価低迷期に入ろうとしているように見える。果たしてそうなるか。
それは、政治が決めることである。政治は、今後どんなコメ政策を採るか。
●小売米価は卸売米価と連動
ここで、3つの米価について、その性格を見ておこう。
小売米価はどうか。お馴染みの多様な顧客のために「品揃え」が大事である。しかも精米してあるから、品質が劣化する1か月前までに売り切らねばならない。そうなると、売値は仕入れ値に一定の利益を上乗せした価格になりがちである。だから、図で示したように、小売米価は卸売米価と同じ動きになる。
●卸売米価はやや投機的
では、卸売米価はどうか。実物の取引なので、「売り惜しみ」や「売り急ぎ」を行いにくい事情がある。お馴染みの小売店に対して、一定の時期に一定の量を納入しなければならないからである。そのため、「損切り」や「利益確定」を、行いにくい事情にある。だから、仕入れ単価に一定の利益を上乗せして納入することが多い。
だからといって、米価の先安が予想されれば、「売り急ぎ」たくなる。大きな倉庫を持っていて大量の在庫米があるので、在庫量を減らして「売り急ぎ」ができる。逆のばあい、「売り惜しみ」をして在庫期間が長くなっても、大きな倉庫を持っているので、容易である。その上、玄米貯蔵なので、近年の貯蔵技術の進歩もあって、品質はそれほど劣化しない。つまり、ある程度の投機的な取引が出来る。
以前は、古々米までは何とか食べられるが、古々々米になると、ニワトリもまたいで通る、と言われたものだ。ホントかウソか、今では実証する変人はいないようだが。それ以後、コメの保管技術は急速に進歩したのは事実である。
●先物米価は客観的で民主的
さて、次は先物米価である。
実物の取引ではないから、「損切り」や「利益確定」は容易である。大きな倉庫は必要ないし、品質の劣化もない。しかもレバレッジは50倍だから、少ない資金でも大量の取引が出来る。大資金による価格操作は出来ない。
これらが理由で、自分の先安観や先高観に忠実に従って、誰もが容易に取引が出来る。つまり、誰もが、何ものにも捉われず、純粋に米価の先行きを見て取引に参加できる。そうして、経済の潤滑油になっている。まことに客観的であるし、民主的でもある。
●先物米価と卸売米価と小売米価は一致する
本題は、先物米価の急落である。理由は何か。そして、卸売米価と小売米価に下落が波及するか否か、である。
はじめに、先物米価の下落が卸売米価に波及するか、である。これは、限月の月末までに必ず一致する。一致しなければ、そこに利益が生まれる。この利益をめぐって、激しい競争が行われる。その結果、利益がゼロの状態になる。つまり、この2つの米価は一致する。問題は先物米価が下がって一致するか、上がって一致するか、である。
●将来の米価は政治で決まる
では先物米価は、どう決まるのか
理由は、限月末の需給状態で決まる、という専門家がいる。ここの図に即して言えば、1年後の限月末の需給状態はどうなるのか。その時は供給過剰になるから、今の先物米価が下がっているのだ、という。だが、この説明は、あまりにも浅薄な説明ではないか。同義反復に近い。
鈴木憲和農相が繰り返す「需要に応じた供給」という主張は、この発想である。需要は神様で、供給は下僕、という発想である。供給が過剰だから、減反を事実上復活し、拡大するのだという。ここには、政治が先頭に立って需要を開拓する、という考えはない。神様のご宣託に忠実に従う、という考えだろう。市場原理主義の神様に歯向かうのは畏れ多い、という思想なのだろう。
これでは、需給状態は改善しない。
それを見越して、いまの先物米価が下落しているのだろう。やがて、卸売米価と小売米価に波及するに違いない。その結果、脱農が加速するだろう。農政の最重要な食糧安保の視点から見て、減反拡大の農政は、まことに憂慮すべきことである。
●政治は需要開拓の先頭に立て
どうすればいいか。政治が考えを改め、先頭に立って需要を開拓すればいいのだ。
いま、日本のパンやメンの原料は小麦である。その小麦は82%が輸入に依存している。これを国産に代えれば莫大な需要が生まれる。それを、政治が主導して行えばいいのだ。
アメリカのパンは、アメリカ産の小麦で作っているように、北欧の黒パンは、北欧産のライ麦で作っているように、日本のパンは、日本産のコメで作ればいいのだ。また、ヴェトナムのメンは「ホー」という名で、ヴェトナム産のコメで作っているように、日本のメンは、日本産のコメで作ればいいのだ。
そうすれば、食糧自給率を飛躍的に高めて、食糧安保に大きな貢献が出来る。離農の嵐に立ち向かう強力な城壁にもなる。
これは、政治が負うべき崇高な責務である。このように農政を転換すれば、農業者だけでなく、多くの国民からの、熱烈な支持が得られるだろう。
. (2026.06.15)